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神のお導きを感じ、神の示される道に従おうと思っています。

私は最近神様の導きを感じています。
そう思いましたら、今までは見えていなかった道が見える様になりました。
道に従い進みますと、私はこれまでの人生で関わりのある全てを捨てて、全く異なる生き方をしなければなりません。
周りの方に相談しますと、自分の直感が正しいのかわからなくなります。
私が今しようとしている決心が私にどんな意味があるかを教えてください。

シャイン さま
20代
2012.5.21
 

神の存在を信じるのであれば、奇跡はとことん疑いましょう。

この度は無料鑑定ご依頼有難う御座いました。
今回ご質問の内容は、巫系である私の専門分野になりますので、
回答させていただきました。

あなた自身がもし、迷いも無くこれらが人のため、
自分のためになると、微塵の疑いも無く信じて邁進したい。と、
既に心を固められている方でしたら、
何もお話しすることは御座いませんでした。
というのも、人は、信念については心を既に固めてしまいますと、
誰の話を聞いても、心に響いて届く事が無くなるため、
アドバイスをしたとしても、全くの無駄と終わってしまうからです。

ですが、今回はあなた自身も、他の方との意見の違いに、
自身でも迷いや戸惑いを感じていらっしゃると感じましたので、
その意味の答えをお伝えする事と致しました。

まず、あなたの心の中を拝見いたしました。
(心の有り様が、全ての根本にあるからです。)

あなた自身は、人に対して働きかける事に積極性がある方だとおもわれます。
自分らしさを大切にしていますし、正義感も強く、
自分の意見を明確に持っている方です。
また、人との間にも、正しい価値観を大切にしていますので、
誤った事や、偏った事は好みません。
自分や他の人にもその面では厳しい人です。
責任感も強く、苦労性です。
人の和を大切に思う部分があり、集団の中にあっても、
自分から率先して問題提起をされる方だと思われます。
どちらかというと、人が間違った事をしていると思うときは、
それを指摘したり、正したいと思うタイプだと思います。

それらの気持ちと「神様のお導き」といわれる物は、
とても深く結びつきがあります。

あなたの中での「神様のお導き」というものは、
「全ての者に影響力を持つ、強い示しを表す言葉や導き。」
という意味で捉えられていると感じます。

あなたにとって、「導き」は人を指し示す「力」であり「作用」
「自然現象を超えた、偶然が重なる事により、重要な意味を示し伝えるもの。」
です。

ただし、問題は、超自然現象的事象が、「神」なのか否かであり、
それが善なのか悪なのか(良い事なのか悪い事なのか)であります。
また、神の存在そのものにも人によってとらえられ方が違い、
疑義があります。

そこで、この場所では神に関する概念を、どんな人でも受け入れやすいように、
誰の中にも存在するもので、表現させていただく事にします。
(以下は神を理解するための表現手法のうちの一つに過ぎません。)

ここに示す神とは、人の中に存在する「良心」として表す事(言い換える事)が出来ます。
一般的に人は、一つの行動が、どの人にとっても良い影響をもたらす物を、
「神」という言葉を用い、希少な存在(考え方)として表している。
と思って下さい。

「神=良心」は、人が人に危害する事を避けるように作用します。
「神=良心」の存在を確認するには、人と交わる事が避けられません。
人の中に在って初めて、その(良心の)存在を確認できる事なのです。
人の存在において、優劣をはかる事は非常に難しい事です。
何故なら、長所が短所でもあり、良い事に順位をつける事も、
人には難しいし、元より優劣などはないからです。
(優劣は、人が都合により勝手につけるものなのです。)
ですから、人には良い部分悪い部分が混在する事で、誰もが平等であり、
正しい事の為に、何かを犠牲にし、優先しなければならないというわけではありません。

つまり申し上げたいのは、
「神様=良心」とは、人を導くものでは在りません。
何かを指し示すというよりは、選択肢の中の一つといって良いものです。

ここにあなたが感じている「神」の存在と、
古来から信じられている「神」と呼んでいる存在との大きな違いがあります。

つまり、「神=良心」が、人の指針として道を示すのではなく、
迷いながら自分が誰も傷つけない、誰もが報われる道を探っていく事です。
自問自答が主な内容になりますので、何かに導かれるという事があるならば、
それは、何か他の存在の意思ということになり、
一般的に「神」と呼ばれる存在とは「全く性質の異なる何か」の意思を
受取った事と等しくなります。

意思を伝えてきたり、指図をするのは、受動的な良心の性質とは
全く異なるものだからです。
神(良心)は本来、人を否定しません。それは元々が受け入れる性質だからです。
(命令や指示にはその裏に否定が必ず含まれています。)

つまり、わかりやかりやすくまとめますと、
「本当の意味での神と呼ばれる存在があるとするならば、
人にああしろこうしろとは絶対に指図しない。」
決して人を導くような「力」や存在感のあるものではない
という事です。
(存在感がリアルに在るのであれば、人間の意志に近い別の存在です。)

何かストイックに生活の制限をさせたり、
修行をさせたりという事は、絶対に在り得ないのです。

ただ、その違いがわかるまで考えてみては?と提案される事
(その方が本人がわかりやすいから)はありますが、
それも本人の自由ではあります。
また、奇跡的な出来事は、むしろ本人への警告である場合が殆どです。
警告を受けるならば、人や自分に危害しそうになっているという事です。
むしろ、その場合は自分と向き合う事が必要なのです。
(正直自分と向き合う事は、何かの修行をするよりもきつい事です。)

あなたの心の中で、「人への思い」など、人から影響を受けやすい部分があります。
誰かの影響を強く受け「人を導く」「指し示す」というものが
非常に尊く感じられている部分があると感じられます。
しかし、これは、神(良心)によるものではなく、あなたの中にある、
人に対して「強く影響を持つ存在でありたい」という
思いから生まれているものであり、あなたの意思や思い(煩悩)から
単純に発生している事なのです。

何故なら、何をしたら良いのか、考えるべきは自分の内部にあり、
自分自身に向けられるものではありますが、
何かを示されたり人に示すものではないからです。
あなた自身が何かに従うという事は、従わされる事が当たり前と考える事であり、
最終的には人を従える事に結びつきます。
神は尊いからといっても、あくまで人とは対等なる存在です。
人と人との間も、当然ながら対等ですし、道理の下に人が存在するわけでもありません。
道理の下に人が存在すると認めてしまうと、
正義の為には、人を犠牲にしても良いという意味になってしまうので矛盾が起こります。
そもそも、人は道などの道理に「従う」ものではないのです。
(道理が通らなければ、無理がまかり通るだけに過ぎません。)
何かに「従う」事自体が全ての矛盾の始まりなのです。
(主体はあくまで自分。)

また、あなたの中に、もし「人に対して影響力を持ちたいという」
力への願望があるならば、それはあなたの中に向かう力ではなく、
「人を支配」という外への興味が中心となってしまいます。
その興味が強ければ強いほど、本来のあるべき姿とは異なっていってしまいます。

少なくとも、あなた自身が今までのことを捨てねばならないという事は無く、
何かを極めなさいという事では在りません。

今回の内容は、
何か偶然のきっかけが重なる事により、
自分に対して重要な意味を感じて、
煩悩に拍車をかける事を認めてしまっている事と等しくなります。
でも、偶然が重なる事は不思議であり、
当人にとっては偶然とは思えないと思います。
人間は偶然が重なるとき、とても強い意味を感じてしまいがちですが、
そういった時こそ、自分の中のけじめや、判断が甘くなりますので、
今一度自分の目を疑う必要があるのです。
(つまり、悪魔のささやきと同じで、何かを試されているという事です。)

人は、「神」という存在にどうしても奇跡とか神秘を求めてしまいがちですが、
それらは、本人が努力をし続けてこそ起こせるものであり、
人が存在し、何かを起こさなければ起こらないものなのです。
(あくまで、人が中心に存在するのです。)

どんな人でも、煩悩は奇跡を感じたときに解放されやすくなります。
ですから、何か強い意味が重なって、そちらに指し示されていると感じるならば、
今一度、それが自分の心の中に潜んでいた、何かに対する欲望ではないかと、
疑う必要があるのです。

欲望に従う事は、諸刃の刃でありますので、やがては破綻が訪れる事になってしまいます。
(欲とは、人の権利を侵害し奪う事でもありますので、問題が起きないわけではないのです。)
人に何か強く方向を指し示す(示される)という事は、
やがてはその者、個人の意見を無視する事になり、
虐げていく事につながって行ってしまうのです。

今話題になっている霊感問題に関するトラブルは、
単なる煩悩や人の意思を、尊い存在のように扱ってしまうために、
起こっていると感じられる事が多々あります。
あなたの発想は、これらにも通じる可能性のある問題でもあります。

「神の存在を信じるのであれば、奇跡はとことん疑え。」

今回の出来事の意味は、自分の考える誠意や良心と、他人が持つそれとの違いを
今一度考えてみてはというのが、今回のあなたに対するメッセージであり、
自分がその方法や考え方で本当に良いのか、
その考えは人や自分に対して一方的過ぎはしないか?
他人や自分を虐げる行為や考え方が含まれて居ないかどうかを
今一度確認し、見直すべき時期なのです。

また、これらの事は、常にどんな時点でも、確認し続ける事が大切なのです。


 というのが本来考えるべきポイントなのです。
 特に神という存在を取り扱うのであれば、少なくとも常に自分を客観的に見る目を
 どんなときにでも持ち続ける精神力や気構えが必要です。
 「力」を望めば、いつ何時、自分の中の欲望が、
 何かのきっかけで暴走し始めるかわからないのです。

まとめ
1.神は対等な存在。畏れることはあっても、従うのは間違い。
2.人の神は人の中にこそ存在する。
3.人の神(種の神)は存在を主張しない。
 (存在に優劣が無いから、主張もない。)
おまけ
 奇跡はその殆どが自分への警告。

※ここで挙げる神は人という種を統べる神を示しています。
 日本で言うなら、神社などにいらっしゃる神と同じで、血統のご先祖などの神様です。

回答した占い師

長谷川能子

長谷川能子 占い師

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